11日から、母方の祖父の通夜と葬儀に行ってきました。
正月、母方の田舎には本当に久しぶりに顔を見せたんですが、顔を見せたその日にちょうど具合が悪くなったそうで、病院での再会でした。
私が「おじいちゃん、○○(私の名前)が来たよ」と話しかけると、目を開けて頷いてくれました。
本当に久しぶりだったので、ああ、ちゃんと覚えててくれた、と思い安心しました。
親戚によると、それからしばらくは体調も少し回復し、好物のミカンを食べたりなどできるようになっていたそうですが、度重なる検査が堪えたのでしょうか、今月10日の早朝に、息を引き取ったということです。
その知らせを母から10日の朝受け、次の日に通夜に向かいました。
通夜で線香の番をしている間中、幼い頃の、祖父とのいろんな思い出を思い出しました。
祖父に連れられて近所の祭りに御神輿を見に行ったことや、駅前まで電車を見に行ったこと、祖父の畑でイチゴ狩りをしたこと…孫の中でも、私は祖父に本当に可愛がられた子だったのだと思います。
通夜が終わり、葬儀が終わり、出棺前の最後のお別れで、棺の中に花を添えました。
「おじいちゃん、本当にありがとう。ゆっくり休んでください。」そう思い手を合わせました。
出棺では、霊柩車の前まで棺を持ちました。祖父の重みだけではない何かが伝わってきました。
火葬場の炉に遺体を入れる無機質な機械に、なんとも言えぬ物悲しさを感じました。
そして骨を拾い骨壺に入れてあげました。歳のせいか骨はもろく、喉仏も割れていました。
そうして、祖父とのお別れは終わりました。
お別れは悲しいですが、「思い出」はいつまでも残ります。いつでも思い出すことができます。
私の心にもそんな良い思い出を残してくれました。
だから手を合わせたときも、自然にこう思えたのだと思います。
「おじいちゃん、本当にありがとう。」


コメントする